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禅に通じるパチンコ
そもそもパチンコ機のゲーム性というのは「玉の予測できない動き」と生き生きとした流れを楽しむものだった。つまり昔ながらのチューリップ台のことである。また羽根モノ機も?入賞に至る微妙な玉の動きやイレギュラー入賞の驚きはまさにアナログの愉しみなのであ~る。
こうしたゲーム内容に比べてフィーバー機にあっては唯一重要なのが中央下のデジタル抽選開始スイッチとなる一箇所のみで、入賞の愉しみなんぞはほとんど無い。玉の流れもただ中央にあるスタート入賞めがけて流れるようにしているだけである。こんな雨どいのような流れが面白いわけがないだろう。したがってどうしても楽しみは盤面中央に陣取った液晶画面の抽選演出に集中するしかないのである。
デジタル技術を少しでも齧った者ならこのような演出が内部プログラムのどのような選択肢を通って表示しているのかはおおよそ見当がつくものなので、月が地球をどのように回っているか知ったこともないアンチサイエンスなオカルト世界の住人ほど楽しめるわけでもなかろう。もっとも当たり外れはそんなことを知っていても興奮するわけだからどうとも言えないが、ここで問題としているのはプロセスの愉しみということである。

こうして昔ながらのチューリップ台は派手でそうぞうしい何の演出もなく、何時間も玉の流れを座して見ていた。これは修行ですか? と外国人に聞かれても不思議ではないものであったのだ。

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